モウコハン。

   

帝王切開の真実 その2

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眠れぬ夜

部屋の電気は消され、枕元のスタンドの薄明かりだけに。さっきの女医がときどき様子を見に来ます。

点滴の調整をしながら、女医は強い口調で私にこう言いました。

「早ク寝ルガイイ!帝王切開ハ楽ダヨー。フツウはもっと大変!」

まるで私がズルでもして楽な出産をしたかのような言い方… 私は「痛い」だの「ツライ」だの「大変」だのとは一言も言っていないのに、なぜそんな言葉を!?外国人だから日本人的な物言いとは違うもの仕方ないし片言の日本語ということを差っ引いても、この時の私にはとてもキツイ一言でした。

私を励ますつもりで言ったのかもしれないけど、これは止むを得ず帝王切開となってしまった産婦にはかなりキツイ言葉、言うべきではない言葉だと思います。

結局その夜はほとんど眠れず。手を自分のお腹に持っていき ”本当にもうこの中に赤ちゃんはいないんだな…”なんて、当たり前のことを確かめてみたり。

とても静かな時が流れていました。ときどき階下から新生児の元気な泣き声が聞こえてきます。たぶんその日は3~4人の新生児がいたハズ。中でも一番大きな声で泣く赤ちゃんの声… 「あっ、この泣き声は私の赤ちゃんだ!」何の根拠もないけど、そう思いました。。確かめようもないけど妙に自信がありました。

とにかく私の初めての出産はこれで終わったんだ…そんなことを思いながら朝を迎えました。


激痛との戦い

夜明け前からだんだん痛み始めます。麻酔が切れて下半身の感覚が戻ってくると、少しずつ足を動かせるようになったものの、腹筋が使えません。痛みはどんどん激しくなるばかり。

朝7時頃、看護婦が沐浴剤入りのお湯とタオル・体温計を持ってきました。「起き上がって体を拭いてね」
って、そんなの無理!じっとしていても悶絶するほど痛いし、ほんの少し動くにもものすごい激痛なんだから!

看護師の肩につかまりながら、なんとかベッドの上に座って体を拭き、歯磨きも済ませました。看護師が去った後、また横になるのが大変! 腹筋が使えないと体勢を変えるだけでもこんなに大変なんだということを実感。 かなりの時間をかけて仰向けの状態に戻り、更に激痛に耐えます。

点滴の薬は2種類。無色透明の薬(栄養剤?)と黄色の薬が交互に入れられます。黄色の薬(子宮を収縮させる薬)が入ると激痛に拍車がかかるんです。もぉホンっっっトに痛い!!

痛み止めの座薬を入れてもらうと多少は痛みが緩和するものの、それも束の間、気休め程度でした。傷の痛みと子宮が収縮する痛み(後陣痛)のダブルパンチ!!「死ぬほど痛い」という言葉はこのときのためにあるんだと本気で思いました。

帝王切開の場合は陣痛なしで出産した分、この後陣痛がキツく感じる人が多いといいます。痛みの度合いは普通分娩の陣痛と変わらないのかもしれないけど、出産後にこの痛みと戦うのは精神的にキツイものがあります。 そしてこの激痛は長く続くのです。手術から5日後にようやく少し軽くなり、ひとりでトイレにも行けるようになりました。


我が子との対面

激痛に耐えながら昼になり、看護婦が赤ちゃんを連れてきてくれました。

普通分娩ならもう母親が授乳やオムツ交換をするけれど、帝王切開ではまだまだ体が思うように動かせないので、赤ちゃんは新生児室で看護師がお世話をしてくれます。 ちょうど授乳の合間ということで、少しの間だけベッドに寝かせて一緒に居てもいいと言われました。

ところが自分の横に赤ちゃんを寝かせるスペースを空けるのがまた大変!ほんの僅かに体を動かすだけなのに、これが激痛のとの戦いです。それでも赤ちゃんの顔を見たとたん急に力が出て、ヒョイと体が動かせたから不思議なもんです(もちろん激痛)。

私はじ~っと長男の顔を見ていました。とても小さな体をしている。弱々しくて今にも壊れてしまいそうな…とてつもなく可愛い~!

姑怪獣、来襲!

その後… 姑がニッコニコしながらやってきました。

見るなりすぐさま抱き上げ、眠っている長男の頬をブチブチつっ突く!!!

私としては 子供に触る前にせめてカタチだけでも手を洗うなり汗を拭くなりしてほしかったんですケドね…

でもウチの姑はそーゆー人じゃありません。もし私がそうしてくれと頼んでも、姑は「平気だよ!そんなこと気にするな!神経質!」と逆ギレするに決まってる。

名前を教えると、姑は迫力のあるドデカイ声で「おいっ!お前は〇〇っていうのか~!そーかそーか!」と繰り返します。当然、長男はビックリして激しく泣き出してしまいました。

マジでうるさい!!!


   
緊張とストレス

出産4日目からは朝8時~夜8時までの時間限定で母子同室。キョウダイもなく、親戚にも友達にも子供はおらず、子供と接する機会がまったくなかった私にとって、12時間ぶっ通しで子供の世話をするのは緊張の連続。

とくに初日はもの凄い疲れを感じました。子供が泣き出すたびに、まだ残る痛みを堪えながら慌ててミルクを作ったりオムツの用意をします。みんなこうやってだんだん慣れていくんだなぁ…と、しみじみ思いました。

ただし普通分娩と比べた場合、帝王切開の痛みがまだ治まっていない体でお婆ちゃんのように腰を曲げながら授乳・オムツ交換をするのは体力的に少しキツイんです。 でももうそんなことは言っていられない。習うより慣れろだ! と実感しました。退院して家に戻れば、その日から(夫がいない時間は)全て自分ひとりでやっていかなければならないんだもの。それを思うと不安もあるけど、とにかくやるしかない!

数日後…

舅姑が病院にやって来たとき、長男はスヤスヤと眠っていました。舅は黙ったまま少し離れたところからソーっと覗いていましたが、姑はズカズカとベッドの横まで来て、 眠っている長男に向かってお得意のデッカイ声で「おいっ!○○くん!」
子供がどうこうっていうより、そもそもうるさい!! これには舅も呆れ顔で「寝てるんだからそっとしておけ!」と姑に注意してくれたものの、姑は「うるさいっ!」と言い返し、長男の体を揺する揺する! それでも反応しないかったので、今度は指で長男の顔をブヂフチ突っつきながら(もちろん、間違いなく直前にタバコを持っていた手は洗っていない) 「せっかく来たのに寝てるんじゃ面白くないっ!おい、起きろー!!」

孫の誕生を喜んでくれるのは有難いが、オモチャかペットと勘違いしてないか!?

あまりにも迫力のあるデカイ声で叫ばれたので、長男はビックリして激しく泣き出しました。すると姑、嬉しそうに「起きたかぁ~!ほら、ジイちゃん連れて来たぞ。おまえのジイちゃんだぞ!」またまたデッカイ声で…

挙句の果てには「この子、お腹が空いて泣いてるんじゃないの!?」 …って

アナタが泣かせたんだよね!!

お次は「ミルクを作れ」とうるさいので仕方なく私がミルクを作ると、姑はその哺乳瓶を私の手からブン取り、長男の口元へ持っていきました。 せめて抱っこしてやればいいのに… っていうか、まだぜんぜん授乳の時間じゃないし!

長男は3時間おきの授乳でも1度に20mlを飲ませるのがやっとという状態でした。低出生体重児だからそんなに飲めないのです。 ただでさえ飲めない子なのに、まだお腹が空いているわけでもない時間にマトモに飲むわけがない!

しかし姑はそれが気に入らなかったご様子で、「ちゃんと飲め!もっと飲め!」と哺乳瓶の乳首を強く押し付け、意地になってムリヤリ飲ませようとしていました。 可哀相で見ていられない… でも私が何を言っても聞く耳をもたず逆ギレされて終了が常。そういう性格。まさに傍若無人。

ちょうどそのとき病室に入ってきた看護婦がその光景を見て、怒った顔で「お婆ちゃんじゃなくて お母さんが赤ちゃんをしっかり抱っこしながらやんなきゃダメよ!」 と言って長男を私に抱かせてくれました。そして立ち去り際に「ミルクをあげるときは必ず抱っこしてあげてね!!」
…どうして私が怒られなきゃいけないのよぉ~!!

長男をさんざんオモチャにしたあと、姑は自分だけ勝手に満足して帰っていきました。嵐が去ったあとの私は、興奮状態になってしまった長男を寝かしつけるのに一苦労。 病室にはまさしく嵐のあとの静けさタバコの臭いだけが残っていました。

これから先もこんなことをされては困る… そんな不安が私を襲います。あの姑に遊ばれているときの我が子は可哀相でならない。 これからはもっと私が強気の態度で姑の行為を阻止しなければ!と決意する反面、これからずっとこんなことが続くかと想像すると気が重くなるばかりでありました。

教訓。育児は横暴姑との戦いである!

ただ、それらをあまり気にせずスルーできるようになれば大したことではないし、同時に有難味も感じられるようにならなくてはいけません。 気に留めてもらえることの有難味を実感できたとき、それは自分自身が成長した証です。

…な~んて時々思えるようになるまでには長~~~~~い時間がかかりましたし、我慢もたくさんして理不尽にも迷惑にも耐え…それはまさに修行でした。



抜糸

手術から8日目、ようやく抜糸をすることになりました。予定では前日に行うはずが、傷口がちゃんと塞がっていない部分があったため、1日遅れになりました。

抜糸といっても糸を抜くわけじゃありません。そもそも糸は使われていないのです。傷口には金属の小さな輪が10個留められていて、それをハサミのようなもので切るんですね。傷は生々しく、決して他人には見せられないようなものでした。

やっと退院

当初の予定通り、10日間で退院できることに。まだ傷口がちゃんと塞がっていない部分が1ヵ所あったので1日延びそうだったものの、家が近いということで退院許可が出されました。

赤ちゃんについても「もう少し体重が増えないと退院させられない」と言われていましたが、ある程度の体重になるまで毎日通院すること・低出生体重児用ミルクを飲ませることを条件に退院できました。

育児のはじまり

「ここが君のおうちだよ~」
部屋には既にベビー布団が敷かれ、ポットには調乳用のお湯が60℃に保温され、哺乳ビンは消毒済み。私が退院する前に全て夫が準備万端整えてくれていました。有難い。

私が家に戻って最初にしたこと…それは 家じゅうの大掃除・洗濯・食材の買出し! 10日前に帝王切開で出産したばかりの産婦がするべき事ではありませんね。 身体のためには、やっちゃイケナイ事だったかもしれません。でもやっぱり性格的に自分でやらずにはいられなかったし、母が田舎に戻る前に、できることは全部やってしまいたかったというのもあります。ココは私の家。だから家事は私がする!

さて、この日から本格的に育児のスタートです。退院してから5日間程は私の母が泊まって一緒に面倒を見てくれていたけど、いつまでも頼ってはいられない!早く自分ひとりで全部できるようにならないと!と思い、実家へ行くことはしませんでした。 決して普通じゃない諸事情により、実家に滞在するメリットが無いのです。それに、私が入院している10日間ひとりで寂しい食生活を送っていた夫をこれ以上放っておくこともできません。一般的にいわれる「産後1ヶ月は休養する」なんていう思考は、私の中にはあり得ませんでした。

産後すぐの育児&家事の両立も世間一般では普通じゃないのかもしれないけど…やって出来ない事じゃない!私は当たり前のように産後休養などして甘ったれていられる環境ではないので、これは仕方のないことです。そんな私を見て姑が「しばらくの間ウチに来れば?そうすりゃ楽だよ!」と何度か言ってくれたものの、もちろん丁重にお断り。 助かるどころか逆にストレスで狂うこと間違いなし。だってこの姑…新生児の「でべそ」に迷いもなく十円玉を貼り付けて見事にカブれさせてしまうような人ですからね~。
(完)


はじめての帝王切開体験記
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