モウコハン。

   

「つわり」を考える

「つわり」
それは経験者にしかわからない苦しみ。

経験のない人や軽く済む人には、重い人の苦しみを想像することはできても、決して理解することはできません。


また社会的にも「精神的なもの」であると誤解され、偏見も少なくありません。そのため、「つわり」に苦しむ妊婦への世間の対応もなかなか厳しいものです。

無神経な言葉

長男妊娠時に続き次男妊娠でも早くからツワリが始まり、それはもう普通の生活がままならないほど重いものでした。でも今回は、これを悩みであるとか「辛いから早く終わってほしい」などとは全く思いませんでした。

前回の妊娠で、重いツワリが続いたあと、ある日突然、嘘のようにそれが消えて、何でも食べられるようになりました。そのときは単純に「ツワリが早く終わったみたいで良かった!」と思っていました。でもそれは、胎児が死亡したことで私の体が正常に戻っただけだったのです。

つまり、ツワリがある=赤ちゃんが元気な証拠なのです!だから今回は、ツワリが辛ければ辛いほど安心でした。

今回の妊娠では6週目頃からゴハンが食べられなくなり、オカズも1口食べて終わりという状態が続いて、どうしても食べたくないので家族の分だけ食事の用意をして、私はごく少量のフルーツやヨーグルトと飲み物だけで済ませていました。
夜は吐き気で眠れない…

9週目からはもっと酷くなり、空腹時は胃液を吐き、空腹を満たすために無理矢理食べ、食べた物は全部吐くという状態になりました。フルーツさえも全部吐いてしまい、いったい何を食べたら良いのかわからない。 吐くとわかっていながらも涙目になりながらムリヤリ食べる毎日。やがてフラフラになり、病院へ通って点滴で栄養を摂るのです。
それでも、それも私にとっては幸せなこと!体力的にはしんどいけど、ツワリの症状が「赤ちゃんは元気だよ」と私を安心させてくれました。

そんな私に、夫がふと言いました。「もっと強くなってもらわなきゃ~」
私を励ますつもりで言ってくれたその言葉が、心に突き刺さりました。長男を妊娠したときの嫌な思い出が蘇ってきました。。


かつて私が長男を妊娠し、重度のツワリに苦しんでいるとき、姑が私の顔に向けてタバコの煙を吐き、他の家族から「妊婦の前でタバコは良くない」と注意されたことに逆ギレし、私に投げた言葉…

「気持ち悪いのは神経質だからだ!」
「気にするほうが悪い」
「お腹の子にも今から慣れさせろ!」

…これを思い出してしまいました。


  

これらの暴言をどう思いますか?まるでどこぞのドラマのセリフみたいでしょ?でもコレ、いっさい脚色していない実話です。

それを言われたときの私は、怒りも相当なものでしたが、その間にも強烈な吐き気に襲われて倒れそうだったので、とにかくそこから逃げたい・離れたい一心でした。しかしそれも許されず、そのまま数時間、我慢させられました。

姑は元々かなり自己中心的な性格で日常的に無神経な言動の目立つ人なので、私もある程度の免疫は身に付けていたつもりです。しかし、自分の初孫をお腹に宿し、重度のつわり真っ只中で青い顔をした妊婦に対して、タバコの煙を吐き掛けたうえ、そんな酷い言葉を連発するとは…。 心の底から軽蔑し、恨みました。この人は人間の心を持ち合わせていないんだなと思いましたし、恐らく一生忘れられないでしょう。

そんな姑との付き合いも長くなり、私も負けじと嫌なものは嫌だと主張し、我慢をせず、私のキャラをシッカリ押すようにしました。また姑自身の性格が歳とともに多少は丸くなってきたこともあり、数年かかってようやくこのような暴言からは解放されました。 それでも、私にとってあれは絶対に許せない所業です。あの時の苦しみ、心の痛み、恨みは決して消えることはないでしょう。


  

個人差

妊娠経験者の皆さん。あなたは妊娠でツワリになること自体を責められたことがありますか?

現代の医学をもってしても、つわりの原因はハッキリとは解明されていません。

ホルモン分泌の変化に体が追いつかないから、とする説。体が赤ちゃんを異物だと認識してしまい、アレルギー反応が出るせいだとする説。 急激な身体の変化による一種の自律神経失調症だとする説。流産を防ぐため母体があまり動かないように、だという説…

いろいろな説があるそうですが、ハッキリした原因なんて誰にもわからない。わからないから対処にも限度がある。人によっても、また妊娠の回数や生活環境によっても違います。つわりには大きな個人差がある。重症だからといって、それを責められなければならない理由があるでしょうか?

誤解と思い込み

確かに、つわりの重さが精神的なものに左右されることが僅かにでもあるのは事実だと思います。全否定はしません。ただ、つわりが精神的なものに左右されやすいということばかりが強調され、つわりの程度に関わらず『精神的な気持ちの入れ替えですべて解決できる』『重症のツワリも本人の気持ちの持ちようで解決できる』というような事実無根の思い込みの拡散が、要らぬ偏見に繋がっていることも事実です。

妊婦本人に、つわりになること自体を責めるのは、あまりにも酷なこと!つわりがあることを喜んでいる私でさえ、できるだけ普段通りの生活ができるように、できるだけ睡眠が取れるようにと、最大限の努力をしているのです!

もちろん私だけじゃない。妊婦は皆それぞれ工夫して頑張って乗り越えようとしている。それなのに、つわり自体を責められてはたまりません!妊娠は「おめでた」なのに、それに伴うつわりを責めるというのは大いに矛盾しています。

経験者なら誰にでも分かるハズ…
でも、ウン十年前に経験した姑には理解できないことなのか? …いや、あの姑の場合は単に性格の問題+元々の口の悪さですがね。。。

昔からよく言われてきた「子供を望まない気持ちがあったり、精神的に夫に依存しているとツワリがひどくなる」などというようなものは、「つわり」そのものに否定的だった時代の偏見です。 ましてや「神経質だから」なんかじゃない!私は子供を望んでいるから不妊治療まで受けたし、夫にも親にも依存できるような甘い環境ではありません。つわりが重いのは妊婦本人のせいではない!!

でも「神経質だ」と責められる。そのうえ「お腹の子供にも慣れされろ!」とまで言われ…(これはあまりにも度が過ぎている)

それがどれほど妊婦にストレスを与えているか… たとえ、つわりを責める側に悪意がなかったとしても、罪なことです。姑からあの言葉を浴びせられたときの私のショックと怒りは、決して消えるものではありません。 その言葉を吐いた本人は、そんなことがあったなんて覚えていないだろうけど…。夫から言われた何気ない一言でパッと思い出してしまうほど、ずっと私の心に突き刺さってきたものです。 夫に悪意がないことはよくわかっているのに、私への思いやりから発せられた言葉なのに、一瞬でもそれを悪い方に捉えてしまうのは、ホルモンバランスや不安によるものだけではありません。姑の暴言がトラウマとなり、数年経っても癒えていない深い傷なのです。



身を護るために

姑は私が元々タバコ嫌いであることも、妊娠して更に苦手になっていることも承知の上で、平気で私の顔に向けてタバコの煙を吐く人でした。

会えばきっとまた同じことをしたでしょう。だから今回は、ツワリが完全に終わるまで夫の実家へは行きませんでした!もはや歩く凶器である姑には、会うことも完全に避けて過ごしました!

…ところがそんな姑も、すこぶる機嫌の良い時は離れて吸ってくれたり、生まれてきた赤ちゃんの近くで吸うのは遠慮してくれたりすることが稀にありました。この差は決して思いやりとか良心などという言葉で納得できるものではありません。 それらは一貫してこそ意味のある行動なのです!


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