モウコハン。

   

真珠腫性中耳炎

次男は小学校入学と同時にスイミングスクールに通い始めました。その数か月後からときどき左耳だけ調子が悪くなり、その都度、近くの耳鼻科へ通っていました。

主な症状は「耳垂れ」。サラサラの水状だったり、粘り気があったり…、とても臭い液体が耳から出てくるのです。初めの頃は2ヶ月に一度くらいでしたが、それが日を追う毎に頻繁になってきて…

ヤブ医者に通い続けた2年半

症状が出るようになってからずっと通っていたA耳鼻科では、なんだかお高そうな機械を使って診察されます。そして、A医師は毎回決まってこう言うのです。

「ちょっと炎症を起こしてますね。薬を出すので、それ使って様子をみてください。」

録音再生のように全く同じこの言葉を、何十回聞いたかわかりません。

処方される点耳薬も毎回まったく同じもの。毎日せっせと真面目にさしても、効いているのかどうかわからない。症状がある間は自主的にスイミングを休み、そのうち自然に耳垂れは止まるものの、1ヶ月ほど経つとまた臭い耳垂れ→スイミングを休んでA耳鼻科→同じセリフに同じ点耳薬(以下、無限ループ)。

…そんなことを約2年半の間、繰り返していました。

激痛に、のたうちまわる

A耳鼻科に通っていた最後の半年間くらいは、耳垂れだけでなく痛みも感じるようになっていて、症状の出る間隔も短くなっていました。

相も変わらず同じセリフに同じ薬。もうダメかな…病院変えようかな…と思いつつも、A耳鼻科が地理的に一番通いやすい場所だったので、そのうち良くなるカモという希望的観測で、なんとかゴマカしゴマカし…。とにかく頻繁に通っていました。

ある日…

次男が珍しく熱を出しました。インフルエンザの季節じゃない。咳も鼻水も喉の痛みなどもない。お腹の調子も悪くない…。でも、発熱と同時に左耳の痛みを訴えるようにまりました。熱は38度くらいあります。

もしかしたら風邪かもしれないと思い、とりあえず近所の小児科で診察してもらうことに。そこでは案の定「風邪の引き始め」と診断され、解熱剤と抗生物質を処方されて帰宅(この小児科もだいたい毎度同じことを言うだけのヤブ医者だけど、近所だし待ち時間がほとんどないので応急的に受診します)。

耳の違和感にはもうスッカリ慣れっこの次男。最初は我慢できる痛みだったのですが、それがどんどん強くなり、その夜は激痛に襲われることになったのです。

あまりの激痛に顔を歪め、足をバタバタさせ、家じゅうあちこちを行ったり来たり…とにかくじっとしていられない。座っていることも横になっていることもできません。まさに「のたうちまわる」という表現がピッタリな状態。夜、寝る時間になった頃には痛みも熱もピークに。

明日の朝早く、病院へ行こう!それまでなんとか我慢できるといいな…。

かつて長男が急性中耳炎で同じような状態になったのを思い出し、とりあえず頭と耳をアイス枕で冷やすことにしました。

疲れと眠気でウトウトはするものの、夜中じゅう痛みにもがき苦しみ、結局ほとんど眠れないまま朝を迎えました。



学校へ行く!

朝、あのピークの激痛からは解放され、本人曰く「痛いけど我慢できる」状態に。

でも今思えば、それは前夜から2回飲んだ抗生剤でほんの少~しだけゴマカせていただけなのかもしれません…。

次男は幼稚園からずっと、無遅刻・無早退・無欠席と完全無欠の皆勤でした。そして長男も幼稚園・小学校と皆勤を成し遂げたうえ更に中学校でも皆勤継続中なので、自分もお兄ちゃんと同じように小学校でも6年間皆勤を目指すぞ!と勇んで頑張っていたのです。

私は「小学校の皆勤も賞状1枚もらうだけで、他に特別イイことがあるわけじゃないよ。お兄ちゃん見てわかるでしょ?それより今は耳の方が大事だよ。」と、朝から病院へ行くことを勧めたのですが、次男はなんとしても学校へ行くといいます。この日は金曜日だったこともあって、「学校に行く!休みたくない!今日だけ行けば休みだから。病院は夕方行く!」と、ポーカーフェイスで頑張っていました。

本当はもう他の病院へ行こうと思って調べてはいたのですが、あまり評判が良くなかったり、休診だったり…。

今回は耳垂れも酷く、じっとしていても突然タラ~っと垂れ出てきて肩にポタポタ落ちるという状態でした。黄土色の水のような耳垂れです。

そうかと思えば、次はネバネバのドロッとした耳垂れで耳の穴が完全に塞がれたような状態になったり…。痛みもこれまでにない酷さだし、熱も下がりきらないし…

ここまで明らかに酷い症状が出ているんだから、さすがのA耳鼻科も、もう同じセリフ・同じ薬は使えないだろう!今度こそ、何か違う処置をしてくれるハズ!

…そう思って、最後の賭けのつもりでA耳鼻科へ行きました。



もう限界!

しかしそんな期待とは裏腹に、またしてもA耳鼻科で聞かされたのはあのセリフ…
いつも通り、2分で診察終了。しかも今回は薬もナシ!

ここ2日間の経過も全部細かく話したし、痛みも再び強くなっていたのにですよ!!

私はもう呆れて診察室を出ました。


受付で診察券を受け取り、このまま別の耳鼻科へハシゴしようと思ったその時、次男が「なんか耳が大きくなってる気がする」というのでよく見てみると…

なんと、左耳の後ろが赤く腫れあがり、明らかに耳たぶが異様に起き上がっているのです!正面から見ると左右でぜんぜん違う形になっています。

受付の人に耳を見せて「今よく見たらこんなに腫れてるんです。もう一度見てもらえませんか!?」と言うと、再び診察室へ呼ばれました。

再び、あのお高そうな機械で耳の中を覗き込むA医師…いつもよりはじっくり見ている様子…。で、出た言葉は

「そんなに悪くないんですよねぇ…。べつに、大したことない。」
「小児科さんでもらった抗生物質がまだ残ってるんでしょ?そのうち効いてくると思いますよ?…それ飲んで、様子見てください。」


THE END。

こんなに耳の形が変わっちゃってるのに!?
こんなに痛がってるのに!?
こんなドロッドロで臭い耳垂れが出まくってるのに!?


素人の私でさえ、これがヤバイ状態だってことくらいわかるわー!!

私はこれまでの疑問をぶちまけるように、かなりしつこくA医師に食い下がってみました。それでも反応は変わらず。

あんたねぇ…それでも医者かよ?!ふざけんな!!
こんな素人以下のヤブ医者、もう絶対に来ない~!!!

ココやってるの?古びた耳鼻科医院

A耳鼻科を出る頃にはもうすっかり夕方。これからハシゴできる耳鼻科なんて見つかりません。仕方なく帰宅し、残りの抗生剤を飲ませて、とにかく少しでも痛みを和らげようと耳を冷やしました。

その夜は少し眠れたものの、朝にはやはり激痛。土曜日ということもあって選択肢の少ない中、午前中だけ診療しているらしいB耳鼻科へ行ってみました。そこはわりと近いながらも私は普段ほとんど行かない、生活圏の外。 向かってみると、あまりの地味さに一度素通りしてしまったくらい存在感のない小さな耳鼻科医院でした。停めちゃっていいのかどうか戸惑う駐車場(のようなスペース)があります。ホントに開業しているのかどうかも怪しい外観…(失礼っ)。

うわっ…… こりゃ失敗したかな…

病院の中は何十年か前でストップしたような古さと狭さだけど、掃除はきちんとされている感じでした。まだ診療開始前でしたが、私たちの後から3組の患者が来ていました。


さて。診察室に入ると、お爺ちゃんのB医師がこれまでの経過をせっかちに質問してきます。私は「お薬手帳」を見せ、この2年半のこと、数日前からの経過…全部話しました。 それから、前日にA耳鼻科で「大したことない」と言われ、さすがに呆れてコチラへ来たことも、全部正直に話しました。

私の話を聞きながら、次男の耳を診察するB医師。最初にパッと見た瞬間、耳たぶの異変に気づいてくれていました。A耳鼻科とは何もかも違う診察室。医療機器と呼べそうな機械類は一切見当たりません。 手元の小さなルーペみたいなもので耳の中を覗きます。そしてすぐさま、B医師はこう言いました。

「これは大きな病院へ行かなきゃダメですね!今すぐ紹介状を書いてあげるから、このままC総合病院へ行ってください!」

そのC総合病院はこの地域の中核医療施設。ここから車で20分ほどかかる場所にあります。外来は基本的に平日のみです。でもこの日はたまたま運よく、午前中だけ診察のある珍しい日だったのです。

B医師は自ら電話をとり、C総合病院に事情説明をしていました。12時まであと30分しかありません!

「これからすぐに向かいます!もしかしたらちょっと12時をまわってしまうかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします!」

開業医のプライドなんて かなぐり捨てた様子で懸命に話すこの先生は、本当に患者の身体を第一に考えてくれる良医なんだなぁ…。
A耳鼻科とのあまりのギャップに、私は唖然としました。

はじめから、ここに来ていればよかった…


A医師とは同じ地域の耳鼻科医同士ということで面識があるようで、「A先生?ん~…そんなに変な先生じゃないんだけどなぁ…おかしいなぁ…」と苦笑い。
医者同士の義理の付き合いで、その人が普段どんな仕事をしているのかなんて、所詮わからないものなんだなぁ…と思いました。


その後の顛末

そこから車を飛ばし、地域の中核医療施設となっている、その辺りでは一番大きな総合病院へ。当然、耳たぶの尋常じゃない腫れ方に驚かれました。私はさんざんヤブ医者に通い続けてイマココい至る経緯を話し、検査の結果、10日間の入院。ここで経口薬と点滴をして過ごしました。

投薬治療の効果がようやく検査値に現れ、耳たぶの腫れもだいぶおさまったので退院。ところがその1週間後の検査でとんでもなく酷い結果に。このときまた耳たぶもMAXまで腫れあがって変形していました。そこでは一番偉い部長先生も困り顔で「真珠腫っていう病気があってね…滅多にないから違うとは思うんだけどね…もしそうだったらココじゃわからないから、専門医のところに行ってみて。」と、”もう手に負えない”ギブアップ宣告。2ヶ所の病院名を教えられ、どちらか選べというので、迷わず某大学病院を選択。

土曜日ということもあり超特急で作成された紹介状を携え、またしてもダッシュ!そのまま車を飛ばし、大学病院の耳鼻科でGo!もともとよく知っている場所なので最短の道を走り外来受付終了10分前に滑り込みセーフ!!

最終的に辿り着いたこの大学病院。生活圏の広い私にとってはよく通る地域にあります。よくよく思い出してみれば、私は以前その近所に住んでいて、そこが耳鼻科の専門医で有名なのも知っていたけどスッカリ忘れていたのでした。。

耳の中を一見しただけでアッサリ、
「真珠腫だね。」
「このまま入院ね。手術して取るから。」

さすが…。

当然のことながら、最初に診てくださった医師には”なんでこんなに酷くなるまでほっといたのか”と呆れ顔をされ、私はこれまでの人生で最悪の風邪で喉がやられて出ない声を振り絞りながら、ヤブ医者からイマココに至る過程を説明。

このあと本当に信頼できる主治医とご縁をいただき、2度の手術を経てスッカリ良くなって、現在は良好な状態を保ちながら経過観察中であります。

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真珠腫性中耳炎の入院・手術費用と保険

自分で言うのも変だけど…

このように、いつも自分の機動力に助けられています。基本的に誰かを動かすという思考はなく、まず自分で動く!
…そうやて生きてきた経験の集積が、こんなところで発揮されるのでした。。


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